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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)4304号 判決 1987年8月17日

原告 福永貴男

右訴訟代理人弁護士 岡田康男

被告 山中信男

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 犀川千代子

右訴訟復代理人弁護士 中村順子

主文

一  被告らは各自原告に対し金六六五万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金九八五万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五六年六月二九日、訴外三和開発株式会社(以下「訴外会社」という。)の使用人で当時訴外会社渋谷支社長の地位にあった訴外木村健一(以下「木村」という。)の強い勧誘を受け、訴外会社と次の内容の売買契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)。

(一) 目的物

訴外会社が東京都新宿区若松町に建築する高層鉄骨区分建物「タイガースマンション若松町」五〇四号室(以下「本件物件」という。)

(二) 代金及びその支払時期と方法

二三〇〇万円を次のとおり分割して支払う。

(1) 昭和五六年七月末日限り 六〇〇万円

(2) 建物完成引渡と同時に 一七〇〇万円

ただし、右(2)の一七〇〇万円のうち一四〇〇万円は、原告が昭和五一年四月二九日訴外会社から代金一一六〇万円で買受けた茨城県猿島郡三和町大字諸川字水添九〇二番九所在の土地付居宅一棟(床面積合計五四・二三平方メートル)をもって代物弁済する。

2  原告は、右契約に従い次のとおり代金の支払をした。

(一) 昭和五六年六月二九日 二六七万円

(二) 同年七月二四日 三三八万六〇〇〇円

合計 六〇五万六〇〇〇円

3  ところが、木村は、右売買契約締結の事実を訴外会社に報告して社内的に契約を成立させる手続をしないばかりか、右代金を会社に入金せず、自己の目的に費消してこれを横領するとともに、昭和五六年一二月ころには出社しないようになり、事実上訴外会社を退職するに至った。

すなわち、木村は、契約当初より原告から売買代金を詐取する目的で右売買契約を締結したものである。

4  訴外会社は昭和五八年一月三一日倒産したため、右売買契約に基づく訴外会社の債務は履行不能になった。

《以下事実省略》

理由

一  請求原因1ないし4の事実は、木村の詐欺目的の点を除き当事者間に争いがない。なお、《証拠省略》によると、請求原因2(二)の三三八万六〇〇〇円のうち一四五万六〇〇〇円は、マンション購入の諸費用として木村が受領したものであることが認められる。

右事実によると、木村は原告から受領した金員を訴外会社に入金すべきであるのにこれをしないで横領したものであり、その結果、訴外会社が倒産したこともあって、原告は売買契約の履行を求めることができず、また右金員の返還を求めることもできないのであるから、原告は木村の不法行為により同人に交付した合計六〇五万六〇〇〇円の金員相当の損害を被ったものと認めるのが相当である。

二  原告は、被告らは木村の不法行為につき民法七一九条二項の規定により共同不法行為責任を負うと主張するが、被告信男が木村に対し本件売買につき詐欺的手法による又は実質的に詐欺に当たる販売行為を故意又は過失により教唆助長したような事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、その余について判断するまでもなく右主張は失当である。

三  原告は、被告信男につき民法七一五条二項の規定による代理監督者責任を主張するので、この点について判断する。

1  前記一の事実によると、木村の原告との売買契約締結行為及び代金等の受領並びに保管行為は、訴外会社の業務の執行としてされたことは明らかである。《証拠判断省略》

2  《証拠省略》によると、訴外会社は、営業本部の下に東京、渋谷、新宿、池袋の各支社があり、営業本部長の地位は代表取締役である被告信男が占め、木村は渋谷支社長の地位にあったこと(この事実は当事者間に争いがない。)、各支社長に対する監督は営業本部長である被告信男が行っていたこと、もっとも被告信男はほかにも経理、総務、企画等の各部を総括していたため各支社長に直接会う機会は少なかったが、月に一回程度各支社を回るほか月に一、二回は本社会議において支社長らに対し指示説明を行うのが通例であったこと、また営業本部長の下には営業本部付、社長室長等のポストがあり営業本部長と各支社長との間の連絡を行っていたが、指示命令は常に営業本部長から発せられていたことが認められる。

右事実によると、被告信男は訴外会社に代って木村に対し事業の執行の監督に当たっていたものと認めるのが相当である。《証拠判断省略》

3  《証拠省略》によると、木村は昭和五六年一二月ころ訴外会社から約五〇〇〇万円を横領して所在が分からなくなったこと、木村は後記のように訴外会社から厳しいノルマを課せられていたため渋谷支社の業績を上げようとして客のため頭金、ローンの支払等の立替えをすることが多く、その金額がかさむようになったこと、右横領した金員の使途については、詳細は明らかでないが、概略をみると、一部は右のような立替え金等仕事に必要なもののやりくりのために費消し、一部は同支社の配下の従業員を海外旅行に連れて行く費用として用い、一部は仕事上の接待費又は自己の遊興費などとして費消したことが認められる。

4  ところで、被告信男は、本人尋問において、訴外会社が厳しいノルマを課したことを否定し、また、訴外会社の従業員が客に対して物件を売買するに当たって、二、三年後には値上がりして転売することができる、その間は他に賃貸してその家賃でローンを支払うことができる、賃借人は当方で探し転売も責任をもつなどと言って勧誘する等の商法をとることについては自分は何も指示していないと述べている。しかし、右供述は前掲各証拠に照らしにわかに措信し難い。かえって、前掲各証拠によると、訴外会社は業績を伸ばすため各支社に対し厳しいノルマを課していたこと、従業員らはそのため上記のような販売方法をとり、また、客が頭金又はローンの支払が困難な場合にはこれを立て替えてでも取引を成立させてノルマの達成に腐心することが多く、勢い無理な取引を重ねるようになったことが認められる。

木村の前記横領行為は、一部は純然たる自己の利益のために費消されてはいるが、専ら自己が支社長をする渋谷支社ひいては訴外会社の業績を上げるための一種の費用に類する金員に当てられており、広く事業の執行に関する会社の指示ないし方針に基因するものがあったことは否めない。

このような事実に照らすと、被告信男は支社長である木村に属する事業の執行につき相当の注意をもって監督したとみることは困難であるといわなければならない。なお、前掲各証拠によると、同被告は、本社会議などで、営業方針として物件購入者が居住する即住方式をとれとか、住宅ローンは居住者自身が組む方式をとれなどと述べていたことが認められるが、それにもかかわらず前記のように従業員がこの方針に背くような取引をしていたこと自体同被告において相当の注意を尽くさなかったことを示すものといわなければならない。

そうすると、同被告は、民法七一五条二項の規定により、原告が木村の前記不法行為によって被った損害を賠償すべきである。

四  原告は、商法二六六条ノ三の規定の適用があると主張するので、被告瑞智子について判断する。

同被告が木村の前記不法行為の当時訴外会社の取締役の地位にあり、宅地建物取引主任者の資格を有していたこと、また同被告が被告信男の妻であることは、当事者間に争いがない。そうすると、被告瑞智子としては、代表取締役である被告信男に対し、取締役会の開催を求め、右資格に基づいて有すべき専門的知識経験等に照らし、訴外会社の商法、従業員の客との折衝方法等について問題がないか、あるとすれば会社としてどのように対処すべきか等につき意見を述べ、検討を求めるなどして、被告信男をして適切に対応するための手段を尽くさせるのが相当であったと考えられる。しかるに、被告瑞智子がこのような行為に出たことを認めるべき証拠はなく、かえって、《証拠省略》によると、被告瑞智子は夫の被告信男とともにこれらの点につき何ら考慮を払うことなく経過したものと認められるのである。そうすると、被告瑞智子には木村の行為により原告に損害を与えたことにつき重大な過失があったものといわなければならず、右損害につき賠償の責めに任ずべきである。

五  原告は慰謝料の請求をしているが、前記の金員につき被告らから賠償を得られた場合に、そのほかに特に慰謝料の支払を必要とする事情があることを認めるに足りる証拠はない。

原告が本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかである。そして、被告らに原告に対し弁護士費用相当の損害賠償として支払わせる金額は六〇万円をもって相当と考えられる。

六  以上のとおりであるから、被告らは各自原告に対し損害賠償として木村が受領した前記の六〇五万六〇〇〇円及び弁護士費用六〇万円の合計六六五万六〇〇〇円並びに木村の不法行為の日(前記事実関係の下では、特段の事情がない以上、木村は原告から前記金員を受領したときに領得の意思を有していたものと認めるのが相当である。)の後である昭和五六年七月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

よって、原告の請求は右の限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新村正人)

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